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第二話 名刺

Penulis: 空蝉ゆあん
last update Terakhir Diperbarui: 2025-10-24 15:25:44

会社に戻る事も出来ない。ジェクトコーポレーションの社員になったと言う事実を受け入れる事が出来ない。晴明を支える為にも実力を積み重ねるつもりだった麻美の表情は暗かった。この事を晴明に相談する事も考えたが、負担になってしまうだろう。

自分の事は自分でどうにかする。その信条を掲げていた麻美にとって晴明に頼る行動は負けた証拠になる。将来を期待されているのに、迷惑をかけてしまう事は避けたかった。

準備を済ませた麻美は重たい気持ちを振り切るように部屋を出る。

「好き勝手にさせるもんですか。何様なのよ」

終夜に会ったらはっきり言おう。そう決めた麻美は覚悟を決めたようだった。

彼を敵に回す事になってでも、どうにか阻止したい。自分らしく生きる為にはそれしか方法はなかった。時計を確認するとま十二時半だ。早めに向かった方がいいと思ったのだろうが、早く出すぎてしまった。タクシーでジェクトコーポレーションに向かおうとしていたが、これなら歩いて行っても余裕で間に合うだろう。

「気分転換も必要よね」

自分に言い聞かせるように呟くと、うんうんと頷いていく。本音を言えば、さっさと終わらしたい。約束時間を指定されたのだから、従うしかなかった。麻美はゆっくりと町並みを眺めながら歩いていく。いつもなら会社にいるはずなのに、いつもと違う空間は妙に遠く感じてしまう。世間から置いてけぼりにされたように。

「きゃっ」

「……す、すみません」

考え事をしていた麻美はすれ違いざまに男性とぶつかってしまう。見るからにサラリーマンのように見えた。麻美よりも背が高いのに、ひょろりとしている。ぶつかっただけなのに、尻もちをついて痛みを堪える男性の様子が映っていた。

「ごめんなさい、大丈夫ですか?」

「ああ……あ、はい。お姉さんは大丈夫ですか?」

「ええ。立てますか?」

急なハプニングの登場に気が抜けていく。余裕を持って早めに出てよかったと思う反面、気分転換になるはずの空間を引き裂かれた気分になった。ちゃんと前を見ていなかった麻美も悪いが、男性にも原因はある。

本音を口にしないように言葉を封じると、営業スマイルを作り出し、男性に見せつけていく。さっきまで機嫌が悪いようにしか見えなかった麻美の急な笑顔に動揺を隠せないようだ。彼女的には上手くやっているつもりなのだろう。

麻美は男性を支えるようにゆっくりと立ち上がらせていく。その姿はか弱いを通り越して女々しく思えた。彼女の周囲にいる男性とは違った雰囲気に飲み込まれる事もなく、単純作業のようにこなしていく。

「……お名前を聞いてもよろしいですか?」

「名乗る者ではないので」

「私のせいで時間をロスしていますよね、そのお詫びを後日したいのですが」

柔らかに逃れようとしている麻美の気持ちを汲む様子もない男性に、苛立ちを覚えた。相手は好意を示してくれているが、彼女にとっては興味がない。どんな言葉を駆使すればいいのだろうかと考えながらも、笑顔は崩そうとはしなかった。

「……」

「……分かりました」

ガシッと握られた右手と男性の視線が痛い。ここまでの力があるのなら彼女がぶつかったとしても尻もちをつく事はなかったはず。違和感を感じながらも、これ以上、時間を費やしたくない麻美はため息を吐き、折れる事にした。

麻美の言葉に安心した様子を見せてくると、力を入れていた手を開いて、離していく。男性は名刺を取り出すと、こちらに向けてきた。受け取った名刺には経営コンサルタントと書かれている。サラリーマンだと勘違いしていた麻美は、内心驚きながらも、自分の名刺を取り出し、渡していった。

「建設会社で働いているんですね」

「あっ」

「どうしました?」

「……いえ」

つい、いつもの癖で三間坂建設の名刺を渡してしまった。昨日でクビになった会社の名刺だと言えるはずもなく、言葉で濁していく。騙しているようで申し訳ない気持ちになった。

そんな麻美の内心に気付く事もなく、確認を終えた男性はさっぱりしたように頭を下げ、颯爽に駆けていった。

「……何なのよ」

男性の背中はどんどん遠のいていく。人混みに紛れるように消えていった。挨拶もなしに姿を消した姿に呆気を取られた彼女は、うんざりしたように通常の表情へ切り替えていった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

バタンと車のドアを開けると男性が運転席に入り込んだ。なるべく地味に見えるように変装をしていた彼は、丸メガネを外すと、後ろに座って待っていた雇い主へと声をかけていく。

「お待たせして申し訳ありません」

「……どうだった?」

「はい、確認をしました所、この名刺を頂きました」

麻美から貰った名刺を終夜に渡すと、前に向き直していく。男性はシートベルトをすると運転へと集中する為に、無言になっていった。ゆっくりとアクセルが音を漏らした。息を吹き返すように動き出す。

景色に視線を向けていた終夜は手にした麻美の名刺を見つめながら、ふっと笑っている。

「……見つけた」

彼の声はエンジンとタイヤの擦れる音にかき消されながら、何もなかったように無になっていった。

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